東京地方裁判所 平成3年(行ウ)155号 判決 1994年2月10日
東京都江戸川区松島二丁目三二番三号
原告
佐藤和好
右訴訟代理人弁護士
榎本武光
同
後藤寛
同
林和男
東京都江戸川区平井一丁目一六番一一号
被告
江戸川税務署長 小高正己
右指定代理人
秋山仁美
同
佐藤謙一
同
清水智之
同
江島勝信
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が平成元年三月三日付けで原告に対してした
(一) 昭和六〇年分以降の所得税の青色申告承認の取消し
(二) 昭和六〇年分の所得税の更正のうち所得金額を三〇四万七七二二円として計算された税額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
(三) 昭和六一年分の所得税の更正のうち所得金額を二三八万二一〇三円として計算された税額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
(四) 昭和六二年分の所得税の更正のうち所得金額を四八二万〇七六二円として計算された税額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同日
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、肩書住所地において「佐藤電気サービス」の屋号で、家庭電気器具の小売業及び電気配線工事業を営み、被告から所得税につき青色申告の承認を受けていた者であるところ、昭和六〇年ないし六二年(以下「係争各年」という)分の所得税(全額が事業所得にかかるものである)について、所得金額及び納税額を別表1の<1>欄に記載のとおりとして、法定の期限内に確定申告をした。
被告は、平成元年三月三日付けで、原告に対し、昭和六〇年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消したうえ、係争各年分の所得税の所得金額及び納付すべき税額を同表の<2>欄に記載のとおりと改正(以下「本件各更正」という)をするとともに、係争各年につき同欄に記載のとおり過少申告加算税を賦課する決定(以下「本件各決定」という)をした。
原告は、平成元年四月二四日被告に対し右の各処分につき異議申立てをしたが、これが棄却されたため、同年八月二四日、国税不服審判所長に審査請求をしたところ、その審査請求も棄却された。
2 本件の青色申告の承認の取消処分は、法定の取消事由がないのに行われたものであるから違法であり、本件各更正及び本件各決定は、原告の所得金額の過大な認定に基づく違法なものであるから、原告はそれらの処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。
三 抗弁
1 青色申告の承認の取消事由の存在
(一) 被告は、原告が事業を開始して以来、長期間にわたり所得税の調査を行っておらず、原告の事業の形態や帳簿の記入保管状況等を把握していなかったことから、原告の申告所得金額が正確なものか否かの調査を行う必要があると判断し、江戸川税務署所属の武内淳也事務官(以下「武内事務官」という)にその調査を命じた。なお、原告の所得税に関する調査は一年以上にわたるものであり、その担当税務職員は、武内事務官から安藤光宏事務官(以下「安藤事務官」という)に、更に佐藤末吉上席調査官(以下「佐藤調査官」という)にそれぞれ交替している。右税務職員らによる調査の経過は次の(二)ないし(七)のとおりであった。
(二) 昭和六二年一一月一七日の調査等
武内事務官は、昭和六二年一〇月一六日、電話により原告と調査期日の打合せをし、当初二二日に調査のため原告宅を訪問することになったが、原告の申し出により、調査期日は四回にわたって延期され、結局、同年一一月一七日午前一一時から原告宅において調査を行うこととなった。
武内事務官が同年一一月一七日午前一一時一五分頃原告宅に臨場したところ、そこには、原告のほかに、江戸川民主商工会事務局員と名乗る者一名及び同会会員と名乗る者三名の合計四名が待機していた。武内事務官は、税理士以外の者の立会人が居ては調査できない旨を説明して、立会人らの退席を求めたが、原告は「立会人がいないと調査に応じられない」と述べ、立会人らも「民商は、立会いがないところでは調査には応じないんだよ」などと述べて、立会人らの退席には応じなかった。そのため、武内事務官は、同日の調査の継続は困難と判断し、その場を辞した。
武内事務官は、同月二四日及び同年一二月一日、電話により、原告に対し、立会人を呼ばないで調査に応じるよう説得したが、原告は全くこれに応じようとはしなかった。
(三) 昭和六二年一二月七日の調査名等
武内事務官と交替して調査を担当することになった安藤事務官は、同月七日、澤田敏明調査官(以下「澤田調査官」という)を同行して原告宅に臨場したが、原告が不在であったので、原告の事業の専従者である原告の妻美江(以下「美江」という)と面接し、「明日また来るので、原告に帳簿書類を用意しておくよう伝えて欲しい」と依頼したが、美江は「伝言することはできない。どこがおかしいか言って下さい。立会人がいたらなぜ調査できないのですか」などと述べ、依頼を聞き入れてくれなかった。そこで安藤事務官は、翌日調査に訪れるので帳簿書類を用意して欲しい旨記載した連絡書を美江に手渡して、辞去した。
原告は、翌日、安藤事務官に対し、「今日はいないから来ないで欲しい。一二月中は忙しいので一月に来て欲しい」と連絡し、その日の調査を断った。
(四) 昭和六二年一二月一〇日の調査
安藤事務官は、同月一〇日、澤田調査官を同行して原告宅に臨場したが、原告が不在であったため、美江と面接し、帳簿書類の保存の有無やその記帳の状況を尋ねたところ、同人は「帳簿は用意していない。私は関係がない。私には権限がない」などと述べ、調査に協力しようとはしなかった。安藤事務官は、原告の協力を得て調査を継続しても功を奏しないと考え、美江に対し「佐藤さんからの連絡を待つが、税務署でも独自に調査を進めますよ」と伝えた。その後も原告から何ら連絡がなかったので、安藤事務官は、原告の取引先とみられる業者に対する調査(いわゆる反面調査)を開始した。
(五) 昭和六三年七月二五日の調査
安藤事務官と交替して調査を担当した佐藤事務官は、昭和六三年七月二五日、原告宅に臨場し、原告及び美江と面接した。同調査官は、調査に関係のない第三者の立会いなしで帳簿を提示し調査に協力するよう求めたが、原告は「帳簿書類をもとにして青色決算書を作成して申告しているのだから、調査を受ける理由がない。民商の立会人がいないところでは調査に応じられない」と述べて、全く応じようとしなかった。佐藤調査官は「帳簿書類を提示しない場合は、青色申告の承認の取消事由に該当することになる。調査に応じるのであれば、明日までに連絡して欲しい」と告げてその場を辞した。
(六) 昭和六三年一一月一七日以降の原告との遣り取り
佐藤調査官は、同年一一月一七日、原告宅へ臨場したが原告が不在であったので、美江に対し、同月二二日に再度伺う旨を説明し、その旨のメモを渡したところ、原告は、同月二一日、右調査期日は都合が悪いと電話連絡をしてきた。佐藤調査官は、その電話の際、立会人の居ないところで帳簿を提示し調査に協力するように説得したが、原告は、これに応じなかった。
原告は、同月二六日、電話により、「民商の立会いのあるところでしか調査に応じない。申告に誤りがあると困るので今見直しやっている」などと述べたので、佐藤調査官は、調査に関係のない立会人の同席は認められないので、立会人のいないところで帳簿を提示すべきであり、それが行われない場合には青色申告の承認を取り消される旨を説明した。
原告は、同年一二月一〇日及び一九日、電話により、同月二〇日に調査に来て欲しい旨を申し入れたため、佐藤調査官は、当日立会人が同席している場合は調査できない旨を伝えた。
(七) 同月二〇日の調査
佐藤調査官は、同月二〇日、原告宅へ臨場したが、民主商工会の事務局員ら四名が同席していたため、原告に対し、第三者の立会いがあると守秘義務の問題があるので調査はできないから、立会人らを退席させたうえで帳簿書類を提示して欲しいと要請したが、原告は、「立会人がいると調査が出来ないというのは税務署の都合だ」などと述べて立会人を退席させなかった。また、立会人らは、「本人が良いと言っているのだから守秘義務は関係ない。調査理由を言え」などという発言を繰り返し、調査を妨害した。佐藤調査官は、そのような状態ではその日の調査を継続することは困難であると判断し、原告に対し「立会人を呼ばずに調査に応じるのであれば今週中に電話をして欲しい」と告げて原告宅を辞した。しかし、その後、原告から調査に応じる旨の電話連絡はなかった。
(八) 青色申告制度は、所轄税務署長が所得税法二三四条に基づく質問検査を行う際、同法一四八条所定の帳簿書類についてその備付け、記録及び保存が正しく行われていることが確認できることを前提として、青色申告書の提出承認を受けた者(青色申告者)に税法上の有利な取扱いを受けることができる地位を付与し、正確な記帳に裏付けられた適正な納税申告を推進しようという制度である。したがって、同法一四八条一項が青色申告者に対して義務付けている帳簿書類の備付け、記録及び保存とは、税務職員が調査に際してその検査を行おうとする場合には速やかにこれに応じ得る状態で帳簿書類の備付けを行っていることを指すと解すべきである。そうであるとすれば、税務調査に際して税務職員から要求があったにもかかわらず青色申告者が帳簿書類の提示を拒否した場合には、同条項が規定した義務を果していないことになるから、同法一五〇条一項一号の青色申告の承認を取消事由に該当するものというべきである。
原告は、右のとおり、一年以上にわたり、原告の所得の調査を担当した武内事務官、安藤事務官及び佐藤調査官の再三にわたる要請にかかわらず、調査に協力して帳簿書類を提示しようとしなかったのであり、これは、帳簿書類の備付け等が行われていない場合として青色申告の承認取消事由に該当するから、本件の青色申告承認取消処分は適法である。
2 本件各更正の適法性
(一) 推計の必要性
右に述べたとおり、原告は、税務職員による所得の調査に協力せず、帳簿書類を提示しなかったから、被告は、原告の申告する事業所得の金額が真実の取引経過に基づき正確に計算されたものであることを知ることができなかったので、反面調査の結果把握することができた原告の係争各年の仕入金額を基礎として推計の方法により原告の係争各年分の所得金額を算出して、本件各更正を行わざるをえなかったものである。
(二) 推計の合理性
(1) 仕入金額(別表2)
ア 家庭用電気器具小売業に関する仕入金額
原告の家庭用電気器具の主要な仕入先は、東京東ナショナル家電販売株式会社(以下「ナショナル家電」という)、北東京日立家電株式会社(以下「日立家電」という)及び東京NEC及び商品販売株式会社(以下「NEC商品」という)の三社であった。
(ア) ナショナル家電からの仕入金額(乙第五号証)
昭和六〇年分 三七〇五万八六一五円
昭和六一年分 三七三五万二六〇三円
昭和六二年分 三九八〇万〇〇二〇円
なお、乙第五号証中の昭和六〇年一月分の「お買上高」として計上されている売買金額には、昭和五九年一二月一六日から三一日までの間の売買(前年からの繰越し)が含まれているが、その金額が不明であったため、昭和六一年一月計上分の前年からの繰越額(一二八万五六〇六円)と昭和六二年一月計上分の前年からの繰越額(一八〇万七三四五円)の平均値(一五四万六四七六円)をもって、昭和六〇年一月における前年からの繰越額とし、昭和六〇年分の仕入金額を算出したものである。
(イ) 日立家電からの仕入金額(乙第六号証の一)
昭和六〇年分 一七万二四〇一円
昭和六一年分 一六五万四〇七九円
昭和六二年分 二六〇万五三二〇円
(ウ) NEC家電からの仕入金額
昭和六〇年分 三八万〇三三〇円(乙第七号証の一)
昭和六一年分 六二万九四三〇円(乙第七号証の一)
昭和六二年分 三五万八一一〇円(乙第七号証の二)
なお、乙第七号証の二の中で昭和六二年分として各月の仕入金額に計上された「売上金額」の合計六〇万八二一五円から、「値引き又は返品」の合計一四万五七二四円及び前年分から繰越計上された売買金額一二万九七〇〇円を控除したうえ、翌年へ繰越計上された売買金額二万五三二〇円を加算した金額が、昭和六二年分の仕入金額となるものである。
イ 電気配線工事業に関する仕入金額
原告が電気配線工事業を行ううえでの部品等の仕入先はイシカワ電工株式会社(以下「イシカワ電工」という)及び東京ナショナル設備機器株式会社(以下「ナショナル設備」という)の二社である。
(ア) イシカワ電工からの仕入金額(乙第八号証)
昭和六〇年分 二八三万三五七〇円
昭和六一年分 二二一万三一四五円
昭和六二年分 一四六万一三五四円
(イ) ナショナル設備からの仕入金額(乙第九号証)
昭和六〇年分 六四万七八九〇円
昭和六一年分 一二五万八五〇〇円
昭和六二年分 五七万一二九二円
ウ 以上の仕入金額が原告の事業所得の売上原価になるところ、係争各年のその合計金額は、別表1の<4>の「売上原価【別表2】」欄の記載のとおりとなる。
(2) 売上金額及び一般経費の額
ア 被告は、原告の係争各年の事業所得金額を推計するため、原告と事業規模が類似する同業者の事業所得の内訳を参考にして得られた売上原価率や一般経費率を基にして、原告の売上原価(仕入金額)から、売上金額や一般経費の額を推計したものである。一般経費とは、売上原価、建物減価償却費、給料賃金、利子割引料、地代家賃、外注費、貸倒金などの経費(いわゆる特別経費)以外の経費をいうものである。 被告は、江戸川税務署管内で松島地区に隣接する地区に事業所を有し、家庭用電気器具小売業を営む個人事業者及び同様の地区に事業所を有し、電気配線工事業を営む個人事業者のうち、右二つの事業ごとに格別に、次の条件を満たす比準同業者全員を抽出したのであり、その同業者の選定に恣意や作為が介在するようなことはなかった。
(ア) 係争年分について青色申告の承認を受けている者
(イ) 係争年分の売上原価が原告の売上原価の二分の一以上二倍以下である者
(ウ) 年を通じてもっぱら家庭用電気器具小売業又は電気配線工事業を営んでいる者
(エ) 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者
(オ) 課税処分に対する不服申立て又は訴訟の手続が係属中でない者
イ 昭和六〇年分について家庭用電気器具小売業の比準同業者として抽出された者は六名で、それぞれの各売上金額、売上原価の額、一般経費の額は別表3のそれぞれの欄に記載のとおりであり、その売上金額に占める売上原価の割合は平均の七五・三二パーセントであり、その売上金額に占める一般経費の割合の平均は八・四六パーセントであった。
昭和六一年分について右事業の比準同業者として抽出された者は六名であり、それぞれの各売上金額、売上原価の額、一般経費の額は別表4のそれぞれの欄のとおりであり、その売上金額に占める売上原価の割合の平均は七五・一三パーセントであり、その売上金額に占める一般経費の割合の平均は七・九六パーセントであった。
昭和六二年分について右事業の比準同業者として抽出された者は七名であり、それぞれの各売上金額、売上原価の額、一般経費の額は別表5のそれぞれの欄のとおりであり、その売上金額に占める売上原価の割合の平均は七五・八一パーセントであり、その売上金額に閉める一般経費の割合の平均は九・五四パーセントであった。
ウ 昭和六〇年分について電気配線工事業の比準同業者として抽出された者は五名であり、それぞれの各売上金額、降り原価の額、一般経費の額は別表6のそれぞれの欄に記載のとおりであり、その売上金額に閉める売上原価の割合は平均は三一・九二パーセントであり、その売上金額に占める一般経費の割合の平均は一四・〇三パーセントであった。
昭和六一年分について電気配線工事業の比準同業者として抽出された者は五名であり、それぞれの各売上金額、売上原価の額、一般経費の額は別表7のそれぞれの欄に記載のとおりであり、その売上金額に占める売上原価の割合は平均の三二・三二パーセントであり、その売上金額に占める一般経費の割合の平均は一七・五一パーセントであった。
昭和六二年分について右事業の比準同業者として抽出された者は六名であり、それぞれの各売上金額、降り原価の額、一般経費の額は別表8のそれぞれの欄に記載のとおりであり、その売上金額に閉める売上原価の割合の平均は二六・五六パーセントであり、その売上金額に占める一般経費の割合の平均は二一・二五パーセントであった。
エ 前記の原告の家庭用電気器具小売業の係争各年の売上原価を右比準同業者のその各年に応ずる年の平均売上原価率を除して推計された原告の同事業の係争各年の売上金額は別表1の<3>の「内訳 家電器具小売分」の欄に記載のとおりであり、その係争各年の売上金額に右比準同業者のその各年に応ずる年の一般経費率を乗じて推計された原告の同事業の係争各年の一般経費の額は同表の<5>の「内訳家電器具小売分」の欄に記載のとおりである。
前記の原告の電気配線工事業の係争各年の売上原価を右比準同業者のその各年に応ずる年の平均売上原価率で除して推計された原告の同事業の係争各年の売上金額は別表1の<3>の「内訳 電気配線工事分」の欄に記載のとおりであり、その係争各年の売上金額に右比準同業者のその各年に応ずる年の一般経費率を乗じて推計された原告の同事業の係争各年の一般経費の額は同表の<5>の「内訳 電気配線工事分」の欄に記載のとおりである。
(3) 特別経費
次の費用は、原告の事業に関して生じた一般経費以外の経費(いわゆる特別経費)である。
ア 建物減価償却費
原告は昭和五九年五月に五六万七五六〇円の費用をかけて店舗の内装工事を行ったところ、右は減価償却の対象となる資産となるから、減価償却の基礎となる金額をその九割とし、耐用年数を二四年として定額法により減価償却費を算出すれば、係争各年につき各二万一四五三円となる。
イ 外注費
原告は、受注した電気配線工事を清水電工株式会社(以下「清水電工」という)に請け負わせ、その工事施工にかかる外注費として、昭和六〇年中に五七万四九八四円、昭和六一年中に一二三万五五六六円、昭和六二年中に四八万六〇〇〇円を支払った。
ウ 利子割引料
原告は、事業に関し、利子割引料として、昭和六〇年中に八万七三七八円、昭和六一年中に五万三七九一円、昭和六二年中に一三万五二四六円を支払った(右は原告の申告のとおりである)。
(4) 事業専従者控除
原告の弟佐藤洋一は昭和六〇年及び六一年につき原告の事業専従者であり、美江及び原告の母たまのは係争各年につき原告の事業専従者であったところ、所得税法五七条三項により、原告の係争各年の事業所得の算出に当たり必要経費とみなされる額は別表9の各年度の合計欄に記載のとおりである。
(三) 原告の事業所得金額
原告の事業にかかる係争各年の売上金額(別表1の<3>欄)から、その各年に応ずる年の売上原価の額(同表の<4>欄)、一般経費の額(同表の<5>欄)及び特別経費の額(同表の<6>欄)並びに事業専従者控除額(同表の<7>欄)を差し引いて算出される原告の係争各年の事業所得金額は、同表の<8>欄に記載のとおりである。本件各更正による係争各年の事業所得の認定金額は右金額を下回るものであるから、本件各更正には原告の事業所得を過大に認定した違法はない。
3 本件各決定の適法性
本件各更正によって新たに納付すべきものとされた昭和六〇年分の所得税額一九五万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた金額であり、以下も同様である)及び昭和六一年分の所得税額一四三万円のそれぞれに国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)所定の一〇〇分の五を乗じた金額に、新たに納付すべきものとされた所得税額のうち五〇万円を超える部分につき同条二項所定の一〇〇分の五を乗じた金額を加えた金額が当該年分の過少申告加算税額となる。また、本件各更正によって新たに納付すべきものとされた昭和六二年分の所得税額五二万円に同条一項(右法律による改正後のもの)所定の一〇〇分の一〇を乗じた金額に、右五二万円のうち五〇万円を超える部分につき同条二項所定の一〇〇分の五を乗じた金額の合計額が当該年分の過少申告加算税額となる。その額は別表1の<2>欄に記載のとおりであるから、本件各決定は適法に算出された過少申告加算税を賦課するものであって何ら違法な点はない。
四 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1(一)のうち、調査担当の税務職員が被告主張のとおりであったことは認めるが、その余は知らない。なお、税務職員による本件の調査経過は、次の(二)ないし(七)のとおりであったから、被告の主張は、事実と全く異なるものである。
(二) 昭和六二年一一月一七日の調査
武内事務官は、昭和六二年一一月一〇日頃、事前連絡なしに原告宅に訪れたのであり、原告は、突然来られても忙しいので困るから、都合の良い日を後日連絡する旨を述べ、実際にも連絡をして、調査期日を同月一七日午前一一時と決めたのである。原告が一旦決めた調査期日を自己の都合で何度も延期したことはない。また、武内事務官は、同日午前一一時一五分頃に原告宅に訪れたが、民主商工会の関係者が立ち会っていることから、その立会人らの名前を尋ねただけで、「立会人のいるときは帰るように言われています」と述べ、原告において「帳簿はここにありますから調査をやっていってください」と求めたのに、五分程度で帰ってしまったのである。
また、武内事務官が同月二四日及び同年一二月一日に原告に電話連絡をした事実はない。
(三) 同年一二月七日の調査
安藤事務官と澤田調査官は、同月七日、事前連絡なしに原告宅に訪れたが、原告が不在であったため、美江に帳簿の提示を求めたのである。美江は、調査に応じる立場にないので「私には権限がない」と答えただけであり、それ以外に「どこがおかしいのか言ってください。立会人がいたらなぜ調査できないのですか」などと発言したことはない。安藤事務官は、翌日午前九時三〇分に来るので帳簿書類を用意しておくようにと原告への伝言を頼み、連絡書を置いて帰った。
(四) 同月一〇日調査
原告は同月八日に澤田調査官に電話で「年末は忙しいので調査期日を年明けにして欲しい」と連絡したが、安藤事務官は、同月一〇日、事前連絡なとに原告宅に訪れ、原告が不在であったので、美江に「帳簿は用意してあるか」などと強い口調で述べた。美江が「主人が年明けにして欲しいと連絡したはずである」というと、安藤事務官は、「それならこちらで勝手に調べる。いいな」と述べて帰ってしまったのである。
安藤事務官は、原告の帳簿も検査せず、原告の協力を得て調査を行う努力もせず一方的に反面調査を開始したのであり、原告は、その結果、取引先に対する信用を失墜するという痛手を受けたものである。
(五) 昭和六三年七月二五日の調査
佐藤調査官は、事前連絡なしに昭和六三年七月二五日原告宅を訪れ、玄関先で原告と美江に対し「今度は私が引き継いだのでよろしく]とだけ挨拶をし五分程度立ち話をしただけで帰ったのであり、同調査官が、原告に帳簿の提示を求めたり、青色申告の承認の取消しの可能性を説明したようなことはない。
(六) 昭和六三年一一月一七日以降の遣り取り
佐藤調査官は同年一一月一七日原告宅に来て、同月二二日を調査期日とする旨のメモを美江に手渡した。そこで、原告は、同月二一日、電話により佐藤調査官に対し、同月二二日は都合が悪い旨を伝え、その後の原告からの電話連絡によって一二月二〇日に原告宅で調査をする旨が決められたのである。佐藤調査官が電話で原告に対し「調査に関係のない第三者が同席しないところで帳簿を提示して欲しい。調査に協力しない場合には青色申告の承認が取り消される。良く考えて来週中に電話して欲しい」などという趣旨の説明をした事実はない。
(七) 昭和六三年一二月二〇日調査
佐藤調査官は、同月二〇日午前一〇時五〇分頃原告宅に臨場したが、民主商工会の事務局員ら四名が同席していたことから、原告が準備した帳簿書類を検査するよう求めたのに、第三者の同席があると調査ができないとして、その検査をせずに帰ってしまったのである。
(八) 以上のように、原告は、税務職員が原告宅に臨場して調査を行った際には帳簿書類を準備して待機したいたのに、調査担当の税務職員は自らその帳簿書類の検査を放棄したものであるから、原告に、青色申告の承認が取り消されなければならない事由はなかったのである。原告が日常記録し調査時点においても保存していた帳簿は、本訴において提出している次の書証である。
(1) 昭和六〇年ないし六二年分の各現金出納帳
(甲第一ないし第三号証の各一、以下「六〇年出納帳」などという)
(2) 右各現金出納帳の毎月の売上・仕入れ・経費の集計帳
(同号証の各二、以下「六〇年集計帳」などという)
(3) 昭和六〇年ないし六二年分の各仕入先元帳
(同号証の各三、以下「六〇年仕入先元帳」などという)
(4) 昭和六〇年ないし六二年分の各期末在庫表(同号証の各四)
(5) 昭和六〇年ないし六二年分の各当座預金元帳(同号証の各五)
(6) 昭和六〇年ないし六二年分の各給与台帳(同号証の各六)
(九) なお、被告は、帳簿書類を保存し備え付けていても、税務職員の調査に協力せず差し出さなかったことが青色申告の承認取消事由になると書するようであるが、そのような解釈は誤りである。青色申告の承認の取消しは、青色申告者に付与された税法上の特典を剥奪する制裁的な行政処分であるから、その要件は法律によって厳格に定められる必要があり、容易に類推解釈を許すべきではない。所得税法一五〇条一項一号に規定する青色申告の承認取消事由は、「備付け」「記録」「保存」という行為を怠っている事実を意味するのであって、その文言に照らせば、それ以外に「税務職員の調査に協力しない」という行為を含ませて解釈する余地はない。したがって、本件において審理の対象となるのは、原告が帳簿書類を「備付け」「記録」「保存」していたかどうかという点でなければならないのである。
仮に、一般的に、税務職員に対する帳簿書類の提示拒否が青色申告の承認取消事由に該当するとしても、それは、税務当局が、帳簿書類の備付け状況を確認するために相当程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことができなかった状況であることが前提となる。しかし、既に述べたように、本件においては、税務職員は、調査の時点で原告が準備していた帳簿書類を全く確認し内容を検査しようとはしなかったのである。したがって、本件においては、原告が帳簿書類を提示しなかった事実があったとしても、それが青色申告の承認取消事由となるための前提要件が欠けているのである。
2(一) 抗弁2(一)の事実は否認する。本件の青色申告の承認の取消処分は違法であるから、推計課税を行うことはできないし、そうでないとしても、推計の必要性はなかった。
(二) 同(二)の各事実のうち、利子割引料に関する主張は認めるがその余の事実は否認し、被告の推計に合理性があるとの点は否認する。
被告は、原告が電気配線工事業で多額の売上を得ている旨を主張しているが、これは誤りである。
被告は、イシカワ電工及びナショナル設備からの仕入れが全部電気配線工事業の売上原価(材料仕入れ)であるというが、ナショナル設備からの仕入商品は全部家庭用電気器具であって電気配線工事の材料ではない。また、イシカワ電工からの仕入金額のうち、電気配線工事の材料の仕入金額は別表10のとおりであり、その割合は、昭和六〇年分につき三三パーセント、昭和六一年分につき五四パーセント、昭和六二分につき五八パーセントに過ぎない。したがって、右二社からの仕入金額全部が電気配線工事業の売上原価になることを前提とする被告の同事業の売上金額の推計は誤りである。
原告は、係争各年当時、電気工事士の免許しか有しておらず、この免許ではエアコンの販売先にエアコン専用のコンセントを設置するという程度の配線工事しかできなかっのである。すなわち、電気配線工事業は、主任電気工事士の免許を取得したうえ東京都知事の認可を受け東京電力からナンバーを取得しなければ施工することができないのである。したがって、原告が係争各年中に電気配線工事を受注した場合には、工事の資格を有する清水電工に受注工事全部を施工してもらっていたのであり、その場合に原告が得る利益というのは極めてわずかなのである。原告は、係争各年中は、実質的には家庭用電気器具の小売業だけを行っていたのであり、電気配線工事業は行っていなかったのである。
したがって、イシカワ電工やナショナル設備からの仕入金額全部を売上原価と仮定したうえで、もっぱら電気配線工事業を営む比準同業者の統計資料をもとにして原告の同事業の売上金額を推計した結果は、同事業による原告の収入と著しくかけ離れた過大な所得の認定であり、推計の合理性を有しないものである。
五 再抗弁(事業所得の実額主張)
原告の係争各年の事業所得に係る売上金額、売上原価(仕入れ)の額並びにその他の必要経費の明細及び明細ごとの金額は、別表11のとおりである。これら事業所得の収支は、原告提出の前記帳簿から明らかである。また、原告は、帳簿への記載のもとになった原始資料(ダンボール箱四箱分)を所持しており、これをいつでも被告が検査できる状態にしている。しかし、被告は、右原始資料を検討して原告の実額主張を個別的に認否反論しようとはしないので、原告は、右原始資料を書証としては提出しないものである。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁事実は否認する。事業所得は、その年の総収入金額から必要経費を控除した金額であるから(所得税法二七条二項)、原告が訴訟の段階において事業所得の実額が本件各更正による認定額を下回ることを明らかにするのであれば、原告の事業の総収入金額と総必要経費の額を必要に応じて立証する責任を負うのであり、被告が原告が所持するという段ボール箱四箱分の原始資料を検討する義務を負うのではないから、原始資料というものが書証として提出されるのでなければ、被告としては、原告の実額主張の基礎となる個々の取引について具体的な反論をする必要はない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一青色申告の承認の取消処分の適法性について
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがないところ、被告は、原告の青色申告の承認の取消事由として、原告が、税務職員から、調査の際帳簿書類の提示を求められたのに応じなかったことを主張する。
所得税法は、納税義務者が自ら所得税の課税標準及び税額を計算し、その結果を申告して納税するという申告納税制度を採用し、納税義務者に対し課税標準(所得金額)を正確に申告することを義務付けているから、適正かつ公平な課税の実現のためには、納税者が日常の取引経過を継続的に帳簿に記録し、その帳簿や記録の基礎となった書類を保存することが望ましい。そこで、所得税法は、納税者の帳簿書類への記録やその保存を奨励するため、同法一四三条以下に青色申告制度を設け、所轄の税務署長から青色申告書提出の承認を受けた者に対し、帳簿書類の備付け、記録及び保存の義務を課し(同法一四八一条項)、その代償として、課税標準の計算において各種の特典を与えるほか、帳簿書類の調査を経て所得金額等の計算に誤りがあると認められる場合でなければ所得税の更正を受けることはなく(同法一五五条)、推計による所得税の更正を受けない(同法一五六条)という課税処分における一定の手続保障をしているのである。
右のような青色申告制度は、申告の基礎となった帳簿書類の状況が所得税法二三四条に規定する税務職員の質問検査により確認できる状態にあるのでなければ実効性のないものとなることが明らかである。そうすると、同法一四八条一項が青色申告者に義務付ける帳簿書類の備付け等には、単に青色申告者において帳簿書類の備付け等を行っていれば足りるというものではなく、税務職員が調査のためにその閲覧を求めた場合にはそれら帳簿書類が確認できるような状態に置いておくことを含むものと解すべきである。したがって、青色申告者が、調査を行う税務職員の帳簿書類の提示要求に応じない場合には、右条項に従った帳簿書類の備付け等の義務が果たされなかったものとして同法一五〇条一項の青色申告の承認の取消事由となると解すべきである。
原告は、右のような所得税法の解釈が、租税法律主義に反すると主張する。しかし、青色申告者が帳簿書類の提示を拒否することにより、税務職員においてその備付け等が正しく行われているか否か確認できない場合においても、なお、当該青色申告者に青色申告制度の上の特典を付与することは、この制度の存在理由そのものに背反する事態であるといわなければならない。したがって、同法一四八条一項を右のように解釈することは、青色申告制度を定める同法一四三条以下の規定全体の統一的かつ合理的な理解のために不可欠なことであって、租税法律主義に反するものとはいえず、この点に関する原告の主張は失当である。
二 そこで、以下、右の見地から、本件において、原告に青色申告の承認の取消事由があるか否かについて検討する。
成立に争いがない乙第二九、第三〇号証の一ないし三、証人松原福与(後記採用しない部分を除く)及び同佐藤末吉の各証言、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、昭和四三年以降、兄が経営していた「佐藤電気サービス」で働くようになり、昭和四六年に電気工事士の資格を取得し、昭和五〇年には兄から事業の経営を引き継ぎ、昭和六〇年及び六一年当時は、弟洋一、妻美江、母たまの三名を事業専従者として使用し、昭和六二年当時は、美江とたまのを事業専従者として使用し、肩書地において家庭用電気器具の小売業及び電気配線工事業と営んでいた。
原告の小売店は、いわゆる「ナショナル・ショップ」であり、販売する家庭用電気器具の大部分は松下電気産業株式会社が製造するナショナル製品であった。また、原告の行う工事業は、住宅への配線工事や電気設備機器(照明、アンテナ、空調機器、インターホン等)の取付けの請負を内容とするものであった。
原告は、平成元年九月一日、従前の個人営業を法人化し、家庭電化製品の販売及び修理並びに配線工事一式を目的とする資本金八〇〇万円の「有限会社さとうでんきサービス」を設立し、更に主任電気工事士の資格も取得して、平成二年一二月三日、右有限会社につき東京都の電気工事業者の登録をしている。
原告は係争各年につき期限内に、別表1の<1>欄に記載のとおり所得税の確定申告をしたが、申告の際に添付した青色申告決算書に記載されている事業所得にかかる売上金額、売上原価の額、経費の明細及び明細ごとの金額並びに専従者控除額は、いずれも本訴において事業所得の収支の実額として主張しているところ(別表11)と同一であった。
2 昭和六二年一一月一七日の調査等
江戸川税務署の担当官は、原告の事業開始後長期間経過しながら、その事業に係る所得税の調査を行っておらず、原告の帳簿等の記入保管状況をも把握していなかったことから、原告の申告所得金額が正確なものか否かの調査を行う必要があると判断し、同税務署所属の武内事務官にその調査を命じた。
武内事務官は、昭和六二年一一月一〇日頃、事前の連絡をしないで原告宅に調査のため臨場したが、当日は原告が調査のための時間をとることができなかった。その後原告と武内事務官が調査期日の打合せをした結果、同月一四日午前一一時に同事務官が調査のため原告宅に臨場することになった。
武内事務官が右同日一一時一五分頃原告宅に臨場したところ、原告宅には、原告以外に江戸川民主商工会事務局員一名と同会会員の松原福与、加藤某及び黒沢某の会計四名が待機していた。武内事務官は、税理士以外の者の立会いがあっては調査をすることができないとして、原告に対し、右立会人らを退席させるよう求めたが、右立会人らは退席しなかった。そのため、武内事務官は、それ以上同日の調査を係属することなく、その場を辞した。
3 同年一二月七日の調査等
武内事務官と交替して原告の調査を担当することになった安藤事務官は、右同日、澤田調査官を同行して原告宅へ臨場したところ、原告が不在であったので、事業専従者である美江に対し「明日また来るので、ご主人に帳簿書類を用意しておくよう伝えて欲しい」と依頼した。原告は、その翌日の一二月八日、電話により、安藤事務官に対し「今日はいないから来ないで欲しい。一二月中は忙しいので年明けに来て欲しい」と連絡し、年内に都合を付けて調査に応じる意向がないことを伝えた。
4 同月一〇日の調査
安藤事務官は、右同日、澤田事務官を同行して原告宅に臨場したが、原告が不在であったため、美江に対し、帳簿書類の保存の有無やその記帳の状況を尋ねだが、同人は、「私には権限がない」などと述べてその質問には答えようとはしなかった。安藤事務官は、原告や美江の協力を得て調査を継続することを期待できないと考え、税務署則でも独自に調査を進めることにした。
5 昭和六三年七月二五日の調査
安藤事務官と交替して調査を担当した佐藤調査官は、右同日午前一〇時三〇分頃から一〇時五五分頃まで約二五分間原告宅に臨場して原告及び美江と面接し、原告に対し、調査に関係のない第三者の立会いなしで帳簿を提示し調査に応じるよう何度も求めたが、原告は「帳簿書類を基にして青色決算書を作成して申告しているのだから、調査を受ける理由がない。調査理由を具体的に説明して欲しい。民商の立会人がいないところで調査に応じられない」と述べて、佐藤調査官の求めに全く応じようとしなかった。佐藤調査官は、帳簿書類を提示しない場合は、青色申告の承認の取消事由に該当することを説明し、調査に応じるのであれば。明日中に連絡して欲しい旨を告げた。しかし、原告は、「民商に相談する。しかし、電話はしないだろう」と返答した。佐藤調査官は、その日の調査は不可能と考えて原告宅を辞した。
6 昭和六三年一一月一七日以降の原告との遣り取り
佐藤調査官は、右同日、原告宅へ臨場したが原告が不在であったので、美江に対し、一一月二二日に再度原告宅に臨場する旨のメモを渡した。原告は、一一月二一日、右調査期日は都合が悪いと電話連絡をした。佐藤調査官は、その電話の際、立会人を呼ばずに帳簿を提示し調査に協力するように説得し、調査に応じる気があるのならば一週間以内に電話連絡をするように述べたが、原告は、立会人なしの調査には応じられない旨を述べた。
原告は、一一月二六日、電話により、「一二月中は忙しくなる」と述べて年内に調査期日を設けることに消極的な意向を示すとともに、「申告に誤りがあると困るので今見直しをやっている」などと述べた。佐藤調査官は、調査に関係のない立会人の同席は認められないので、立会人のいないところで帳簿を提示すべきであり、それが行われない場合には青色申告の承認が取り消される旨を説明した。
原告は、一二月一〇日、電話により、一二月二〇日一一時に調査に来て欲しい旨を申し入れたため、佐藤調査官は、その日に原告宅に臨場することにし、原告に対し、当日は立会人の同席は認めない旨を伝えた。
7 昭和六三年一二月二〇日の調査
佐藤調査官は、右同日午前一〇時五〇分、原告宅へ臨場したが、原告以外に民主商工会の事務局員宮本某、同会会員の松原福与、加藤某及び黒沢某の合計四名が同席していたため、原告に対し、第三者の立会いがあると守秘義務の問題があるので調査はできないから、立会人らを退席させて欲しいと説明したが、原告は、「立会人がいると調査ができないというのは税務署の都合だ」などと述べて立会人らを退席させず、また、立会人らは、「本人が良いと言っているのだから守秘義務は関係ない。調査理由を言え」などという発言を繰り返し、更に、当時の日向東京国税局長が一方的な反面調査はしないという発言をした旨を記載した文書を佐藤調査官に示して、税務署の調査が一方的であるとして抗議する姿勢を示した。佐藤調査官は、原告の協力を得てその日の調査を継続することは困難であると判断し、原告に対し「立会人を呼ばすに調査に応じるのであれば今週中に電話をして欲しい」と告げ、臨場開始から四〇分程度が経過した一一時三〇分頃原告宅を辞した。しかし、その後、原告から調査に応じる旨の電話連絡はなかった。
右の期日には、右のような問答が繰り返されたものであり、原告から帳簿書類の提示はなかった。
三 以上の事実が認められるところ、原告は、その本人尋問において、武内事務官が原告宅に臨場した昭和六二年一一月一七日及び佐藤調査官が原告宅に臨場した昭和六三年一二月二〇日には、原告が常日頃記録しバインダーに綴じて保存していた甲第一ないし第三号証の三冊の帳簿を右税務職員らの目前の店舗カウンターに置いており、右帳簿を提示していたのに、右税務職員らはこれを全く検査しようとしなかったと供述している。しかしながら、次のとおり、右供述は採用し難く、右供述と符号する証人松原福与の証言も採用し難いものである。
1 証人松原福与は、佐藤事務官が原告宅に訪れた際、原告や民主商工会事務局員その他の立会人が、同事務官に対し、立会人の居る所では調査ができないという理由を尋ね、公務員に守秘義務があるという理由では原告本人が立会いを求めている以上守秘義務は問題にならず納得できないとして、応酬したこと、原告らは、また、税務署が原告を調査する具体的な理由を述べるよう佐藤事務官に求めたが、これについては何ら応答がなく、これに対して原告らが重ねて調査理由の開示を求め、そのような問答が四〇分間にわたり繰り返されたことを証言し、原告本人もその尋問において同様のことを供述している。ところが、同証人は、一方において、当時居合わせた者が囲んでいたテーブルの上に原告が三冊の帳簿を用意しており、原告は、佐藤事務官に対し、ここに帳面があるから見てもらいたいと繰り返し述べたとも証言し、原告本人も、同様の供述をする。しかし、前記のように同調査官と原告らは、立会人の面前での調査の可否や、調査理由の開示という、調査内容に入る以前の手続問題について押し問答を繰り返していたというのであり、このように、実質的な調査を行う以前の前提問題について関係者の間に一致点が見出せず、議論をしている最中に、原告が一転して、そのような手続問題を不問に付して、同調査官に帳簿を示し、その調査をして欲しいと依頼するなどということが起こり得るとは到底考えられないのであって、右各供述は、信用することができないのである。
証人松原福与及び原告本人は、いずれも、当初武内事務官が原告宅に訪れた際にも、原告の帳簿三冊(三年分)が、原告方事務所のテーブルの上に用意してあったと述べる。しかし、証拠上、原告はその調査以前には、江戸川税務署担当者から原告の何年度分の所得について調査するのか告げられていないことが認められるのであって、そうであるのに、原告が実際に調査された年分の数と一致する三年分の帳簿を丁度手回し良く用意したというのは偶然に過ぎるものというべきであり、この点に関する同証人及び原告本人の各供述も、直ちに信用できないというべきである。
2 税務行政を公正・公平に遂行する責務を担う税務署職員が、青色申告のように本来帳簿を基礎として行われるべき納税申告について、これが適正に行われたか否かを調査するに当たっては、まず、何よりも、申告の基礎となった帳簿が存在し、申告がその帳簿の記載を正確に反映していることを把握することが当面の最大の課題となるはずである。そのような調査に従事する税務署職員は、そのために納税者の自宅や店舗を訪れるのであるから、その際、納税者から、その帳簿を提示されれば、余程特別の事情がない限り、まずはこれを手に取って、その内容を吟味しようとする筈である。証人松原福与の証言及び原告本人尋問の結果によれば、佐藤調査官は、原告らと押し問答をしている際、原告から帳簿を示されて、これを調べてくれとまで言われながら、帳簿を手にとることもしなかったというのである。右証言等によれば、原告及び立会人らと同調査官とは、立会人の居る下での調査の可否等について押し問答をしていたというのであるが、当時の事実関係がそのとおりであったとしても、右のような職責を有する税務署職員が、原告の申し出にも係わらず、帳簿を手に取ることもしなかったとは信じ難いという他はないのである。証人松原福与の証言及び原告本人尋問の結果を総合しても、調査の際、佐藤調査官が、その責務にかかわらず敢えて帳簿の調査を放棄しようとするような特別の事情が介在したことを窺わせるようなものは、何らこれを見出すことができないのであって、当時原告の帳簿を確認していないとする証人佐藤末吉の証言は、優に信を措くに足りるというべきである。
四 以上のように、佐藤調査官らの調査の際、原告が帳簿を提示して、その調査方を依頼したとの供述は、採用することができない。もっとも、以上の証拠によっては、原告が、佐藤調査官らに積極的に帳簿を示したことは認められないこととなるとしても、原告が予め帳簿を用意しており、これを調査の際手近に置いていたことまで認められないことにはならないから、これに沿う事実を述べる原告本人尋問の結果に鑑みれば、或いは原告は、そのような措置をとっていたのではないかとも考えられる。
しかしながら、たとえ、原告が、調査の際、何らかの帳簿を手元においていたことがあったとしても、その帳簿が本訴において原告の提出した甲第一ないし第三号証の帳簿と同一のものであるとは認めがたいのであって、その理由は以下のとおりである。
1 甲第一ないし第三号証の帳簿はその全部が鉛筆で記載されており、原告本人尋問の結果によれば、バインダーに綴じ込む用紙によるものでありながら、本訴において提出されるまで頁数も付されていなかったというのである。商人にとって事業取引の経理処理に日常使用され、後に反復して参照されるはずである極めて重要な簿冊が、そのような記載手段及び管理方法によって数年にわたり記載され、劣化することなく保存され得るものであるかどうかは、疑問といわざるを得ない。
2 右帳簿は納税申告の基礎となったものであるから、その集計の結果は納税申告の際の青色申告決算書(成立に争いのない乙第三一号証の一ないし三)記載の金額と当然一致するはずである。しかるにこれらは、次の点で一致していない。
(一) 昭和六〇年分の雑収入について
六〇年集計帳に記載されている雑収入の合計額は五八万二四〇〇円であるのに、昭和六〇年分の右決算書(乙第三一号証の一)ではこれが九三万二四〇〇円となっている。
(二) 昭和六〇年一二月分売上について
六〇年出納帳の一二月分に生じたと記載されている現金での商品売上額は、これを合計すると三八五万六六六〇円となる。一方、六〇年集計帳の一二月分の二三項には現金での商品売上額の合計が三七五万八六六〇円と集計されていて約一〇万円の差があるものの、これは大幅な不一致ではない。しかし同集計帳の一二月分二四項には、右合計が二七五万八六六〇円であるという前提で一二月分の総売上(電気工事代金やクレジットによる売上を加えたもの)の集計が行われ、その誤った集計額六五四万四六二〇円が右決算書に記載されている。すなわち、右決算書の右金額は同年一二月分の出納帳や集計帳二三項と符号していない。
原告は、その本人尋問において、この齟齬は計算間違いの結果であると弁解しているが、これは六〇年集計帳を記載する際二三頁から二四頁への転記を誤ったことによるものというべきであり、日々また月々に取引帳簿の管理を行っているのであれば、売上に関して一〇〇万円もの転記誤りが生じているのにこれに気付かないで、そのまま納税申告の決算書に記載してしまうことが起り得るとは考え難いところであり、右供述は、あるがままの事実を述べたものとは信じ難い。
(三) 昭和六〇年分の通信費、接待交際費、福利厚生費について
六〇年集計帳に記載された昭和六〇年分の通信費の合計は二万八七五五円となるが、右決算書に記載の通信費の額は一八万七三六五円であり、右集計帳に記載された昭和六〇年分の接待交際費の合計額は三七万三三九五円となるが右決算書に記載の接待交際費の額は五七万三三九五円である。また、右集計帳に記載された昭和六〇年分の福利厚生費の合計額は四万四八〇〇円となるが、右決算書に記載の福利厚生費の額は一四万四八〇〇円である。
このように、右集計帳の合計と右決算書に記載された額とにはかなりの齟齬があるが、原告は、その本人尋問において、これは帳簿へ記帳し忘れたものを納税申告の際に思い出し、加算したために発生したものであると述べる。しかし、六〇年出納帳が日々記帳されていたものであり、右集計帳に記載された金額が出納帳に記載された金額をその項目ごとに月々集計して記載されていたものであるならば、出納帳に記帳し落とした経費は一年の終りなどではなく、その月の集計の際にこそ思い出され修正されるのが当然であって、右集計帳に記載された金額の合計額と決算書に記載された金額との間に齟齬が生じることは考えられないのである。それにもかかわらず、右のように齟齬が生じたというのは、右集計帳が月々作成されていたということを疑わせるものであって、原告の右供述には直ちに信を措き難いのである。
(四) 昭和六一年一二月分の売上について
六一年集計帳に記載された一二月分の売上の合計額は六三一万七八四五円となるのに、同年分の青色申告決算書(乙第三一合計の二)に記載の一二月分の売上額は八二六万二二四五円であり、その間に大きな隔たりがあるが、これについても右(三)と同様のことをいうことができる。
3 六〇年ないし六二年仕入先元帳のナショナル家電やナショナル設備からの仕入れに関する記載部分(原告本人尋問の結果によれば、ナショナル家電に関する部分は甲第一ないし第三号証の各三1であり、ナショナル設備に関する部分は右各号証の各三2であることが認められる)には、仕入商品の種別と商品番号の双方の記載があるから、これら仕入商品が部品材料であるか電化製品であるかは、右記載によって容易に識別することができる。ところが、右仕入元帳のイシカワ電工からの仕入れに関する記載部分(原告本人尋問の結果によれば、その部分は右各号証の各三3であると認められる)については、商品番号の記載しかされていないため、これら仕入商品が部品材料であるか電化製品であるかは、右記載によっては識別することができない。イシカワ電工からの仕入商品が電気配線工事に使用する部品材料なのか販売のための電化製品なのかという点が重要な争点になっている本訴において、右のようにその仕入先元帳への仕入商品の記載によっては右のいずれであるのかが明らかにならないことになっているという事態が、偶然発生した結果に過ぎないというのは容易に受け容れ難いことというべきであって、原告の右のような仕入先元帳の記載には本訴を意識して行われたものではないかとの疑いを容れる余地がないとはいえないのである。
4 原告の係争各年分の修理及び電気配線工事に関する売上金額は、六〇年集計帳によれば同年分が六六七万一八五〇円であり、六一年集計帳によれば同年分が三九六万四五二〇円であり、六二年集計帳によれば、同年分が二二七万六二〇〇円であって(別表12)、いずれも相当な金額に上る。一般に、電気配線工事に関する売上は、家電製品の売上とは異なって、受注から工事の完了までに日時を要する場合もあるから、その代金は、工事完了後請求書を発行し後日見積額との異同等について清算を行い、その結果支払に至るという経過をとるのが通常であると考えられる。したがって、電気配線工事については、これを自ら施工するか、外注に回すかということにはかかわりなく、それぞれの工事ごとに行われた作業の内容やこれに要した部品材料費を逐一把握しておく必要があり、そうでなければ後日明細を明らかにした請求書を発行することができないことになろう。ところが、甲第一ないし第三号証の帳簿の中には、施工された電気配線工事に関し、工事の種別及び場所、外注かどうかの区別、工事の完了日など、それぞれの工事ごとの作業内容や使用された部品材料等に関する記載部分が全く存在しない。このような帳簿を使用していては、工事に関する売上や原価を管理すること到底できないというべきである。この点においても原告が右帳簿を日常業務において記録し使用していたとは信じ難いのである。
5 以上のとおり、原告が提出した甲第一ないし第三号証の帳簿は、これをもって原告の日常業務に即して日々あるいは月々記録されたものとは考え難く、たとえ原告が税務職員の調査の際何らかの帳簿を用意していたことがあるとしても、それが右甲第一ないし三号証の帳簿と同一のものであったとは認め難いから、結局、前記の証人松原福与の証言や原告本人尋問の結果は採用することがてきないのである。
五 前記認定事実によれば、原告は所得税の調査を担当した税務職員の要求があったのに事業所得に関する帳簿書類を提出しなかったものであるから、原告には、青色申告の承認の取消事由があったというべきである。したがって、本件の青色申告の承認の取消しには、これを取り消すべき違法事由はない。
第二本件各更正の適法性について
一 推計の必要性について
右の述べたとおり、原告は、税務職員による所得税の調査に協力せず、帳簿書類を提示しなかったものであるから、被告は、原告の申告する事業所得の金額が真実の取引経過に基づき正確に計算されたものであることを知ることができなかったものと認められる。したがって、本件においては推計の方法により更正を行う必要性があったというべきである。
二 推計の合理性について
本件各更正は、反面調査の結果被告が把握することができた原告の係争各年の仕入金額を基礎として、原告に類似する業者の売上に占める平均の売上原価及び一般経費の割合を使用して原告の売上金額及び一般経費を推計し、これに特別経費の額及び事業専従者控除額を差し引いて行われたものてある。そこで、右の推計方法が合理的なものと認められるかどうかについて検討する。
1 仕入金額について
(一) 家庭用電気器具小売業に関する仕入金額
(1) ナショナル家電関係
成立に争いがない乙第五号証によれば、原告は、係争各年中にナショナル家電から次のとおりの金額相当の家庭用電気器具を仕入れていたものと認められる。
昭和六〇年分 三七〇八万八六一五円
昭和六一年分 三七三五万二六〇三円
昭和六二年分 三九八〇万〇〇二〇円
なお、乙第五号証中に昭和六〇年一月分の「お買上高」として計上されている金額には、昭和五九年一二月一六日から三一日までの間の売買によるもの(前年からの繰越し)が含まれているはずであるが、その金額がいくらであるかを認めるに足りる確たる資料はない。被告は、同号証中の昭和六一年一月計上分の前年からの繰越し額(一二八万五六〇六円)と昭和六二年一月計上分の前年からの繰越額(一八〇万七三四五円)との平均額(一五四万六四七六円)をもって、昭和六〇年一月計上分の前年からの繰越額と推計し、これを基礎として昭和六〇年分の仕入金額を算出しており、右の推計方法には合理性があるものということができるから、これを採用する。
(2) 日立家電関係
成立に争いがない乙第六号証の一によれば、原告は、係争各年中に日立家電からの次のとおりの金額相当の家庭用電気器具を仕入れていたものと認められる。
昭和六〇年分 一七万二四〇一円
昭和六一年分 一六万四〇七九円
昭和六二年分 二六万五三二〇円
(3) NEC家電関係
成立に争いがない乙第七号証の一及び二によれば、原告は、係争各年中にNEC家電から次のとおりの金額相当の家庭用電気器具を仕入れていたものと認められる。
昭和六〇年分 三八万〇三三〇円
昭和六一年分 六二万九四三〇円
昭和六二年分 三五万八一一〇円
(4) 合計額
右の合計額が原告の家庭用電気器具小売業の売上原価になるところ、係争各年ごとの右の売上原価の合計額は、別表1の<4>の「内訳 家電器具小売分」の欄に記載のとおりとなる。
(二) 電気配線工事業に関する仕入金額
(1) イシカワ電工関係
公務員がその職務上作成した公文書であると認められるから真正に成立したと推認できる乙第三二号証によれば、イシカワ電工は電気配線工事の材料の販売業者であると認められるところ、成立に争いのない乙第八号証によれば、原告は、係争各年中にイシカワ電工から次のとおりの金額相当の部品や材料を仕入れていたものと認められる。
昭和六〇年分 二八三万三五七〇円
昭和六一年分 二二一万三一四五円
昭和六二年分 一四六万一三五四円
(2) ナショナル設備関係
公務員がその職務上作成した公文書であると認められるから真正に成立したものと推認できる乙第三三号証によれば、ナショナル設備はビルや住宅の各種設備機器(昇降機、空調設備、給・排水、浴槽、給湯設備、厨房設備、警報機など設置工事が必要となるような電気関係の設備機器)の販売業者であるところ、成立に争いのない乙第九号証によれば、原告は、係争各年中にナショナル設備から次のとおりの金額相当の部品や設備機器を仕入れていたものと認められる。
昭和六〇年分 六四万七八九〇円
昭和六一年分 一二五万八五〇〇円
昭和六二年分 五七万一二九二円
(3) 合計額
右の仕入金額が原告の電気配線工事業に関する売上原価になるところ、係争各年ごとの右の売上原価の合計金額は、別表1の<4>の「内訳 電気配線工事分」の欄に記載のとおりとなる。
(4) 原告は、イシカワ電工からの仕入れのうち、別表10の「商品」欄に記載の金額相当部分は家庭用電気器具の仕入れであって、電気配線工事の売上原価になるものではないと主張し、原告も、その本人尋問において、同社からの仕入れの大部分はナショナル製の電化製品である旨の供述をしているが、原告はナショナル製品を専門に卸しているナショナル家電やナショナル設備と取引をしているのに、なぜ、それ以外にナショナル製の電化製品をわざわざイシカワ電工から仕入れる必要があったのかについて合理的な説明がなく、このような右供述を直ちに措信することはできない。しかも、前記のとおり、原告提出の仕入先元帳のうちのイシカワ電工からの仕入れに関する記載部分は、商品の種別の記載がないため仕入れをした商品の内容が識別できないものとなっており、その記載状況が不自然なものであることを否定できず、原告が主張する別表10のような区分がどのような根拠に基づいて行われたのかを証拠上把握することはできないのである。したがって、原告の右供述は採用することができないから、これをもって右の認定判断を覆すに足りない。
また、原告は、ナショナル設備から仕入れる商品は、その全部が家庭用電気器具であると主張しているが、これは、前記乙第三三号証記載のナショナル設備経理部長の供述と異なるものであり、現に係争各年の仕入先元帳のうちナショナル設備に関する部分の記載の中には、浴槽のように設置のためにかなり大がかりな工事を伴う住宅設備機器の仕入れが存在しているのであり、ナショナル設備からの仕入れが全部家庭用電気器具であるとの原告の主張は根拠がないから、これを採用することはできず、これをもって右の認定判断を覆すに足りない。
2 売上金額及び一般経費の額について
(一) 証人川畑周悦の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証、第二号証の一ないし三及び第三号証の一ないし三によれば、次の事実が認められる。
(1) 東京国税局長は、推計の方法によって原告の係争各年の事業所得金額を算出する目的で、類似業者の事業所得の内訳を参考にして得られた売上原価率や一般経費率を知るため、平成三年一〇月一七日、被告に対し、江戸川税務署管内の松島地区に隣接する地区に事業所を有し、家庭用電気器具小売業を営む事業者及び電気配線工事業を営む事業者の中から、右の二つの事業ごとに格別に、次のアないしオの条件を満たす事業者全員を抽出し、抽出された比準同業者の係争各年における売上金額、売上原価及び一般経費(売上原価、建物減価償却費、給料賃金、利子割引料、地代家賃、貸倒金、固定資産除却損、繰延資産の償却費、外注費、各種引当金、準備金等を除く必要経費)の額、売上原価率及び一般経費率の報告を求める通達を発した。
ア 係争各年について青色申告の承認を受けている者
イ 係争各年分の売上原価が原告の売上原価の二分の一以上二倍以下とみられる次の範囲内による者
(ア) 家庭用電気器具小売業
昭和六〇年分については一八八二万〇六七三円以上七五二八万二六九二円以下
昭和六一年分については一九〇七万三〇五六円以上七六二九万二二二四円以下
昭和六二年分については二〇二一万一七二五円以上八〇八四万六九〇〇円以下
(イ) 電気配線工事業
昭和六〇年分については一七四万〇七三〇円以上六九九万二九二〇円以下
昭和六一年分については一七三五万五八二三円以上六九四万三二九〇円以下
昭和六二年分については一〇一万六三二三円以上四〇六万五二九二円以下
ウ 年を通じてもっぱら該当事業を営んでいる者
エ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者
オ 課税処分について不服申立て又は訴訟手続が係属中でない者
(2) 右通達が発せられた当時江戸川税務署職員であった川畑周悦は、同税務署保管の業種別名簿、営庶業所得調査書、青色申告書、青色決算報告書を調査し、右通達の指示する条件に合致する比準同業者全員を抽出し、その結果、係争各年について、家庭用電気器具小売業及び電気配線工事業の右比準同業者として抽出された者の人数、各比準同業者の売上金額、売上原価の額、一般経費の額は、別表3ないし8に記載のとおりであった。
(二) 以上の事実が認められるところ、前記の原告の係争各年の家庭用電気器具小売業の売上原価をこれに対応する年度の比準同業者の平均売上原価率で除して推計された原告の係争各年の同事業の売上金額は別表1の<3>の「内訳 家電器具小売分」の欄の記載のとおりとなること、その係争各年の売上金額にこれに対応する年度の比準同業者の一般経費率を乗じて推計された係争各年の同事業の一般経費の額は同表の<5>の「内訳 家電器具小売分」の欄に記載のとおりとなることは、いずれも計算上明らかである。
また、前記の原告の係争各年の電気配線工事業の売上原価をこれに対応する年度の比準同業者の平均売上原価率で除して推計された原告の係争各年の同事業の売上金額は別表1の<3>の「内訳 電気配線工事分」の欄に記載のとおりとなること、その係争各年の売上金額にこれに対応する年度の比準 同業者の一般経費率を乗じて推計された係争各年の同事業の一般経費の額は同表の<5>の「内訳 電気配線工事分」の欄に記載のとおりとなることは、いずれも計算上明らかである。
(三) 右認定の基準で抽出された比準同業者は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性の点において、原告との間に合理的と認められる程度の類似性を有しており、比準同業者の抽出過程にも恣意的な操作が加えられたような形跡が見当たらないから、右の推計によって算出された原告の売上金額及び一般経費の額は、原告の真実の売上金額及び一般経費の額に近似する合理的な金額であるということができる。
(四) 原告は、右のような推計は、原告の行う電気配線工事業の特殊性を考慮しないものであり、同事業に関する原告の所得金額を著しく過大に推計するものであると主張し、原告本人尋問の結果中にも、(1) 原告は係争各年当時主任電気工事士の資格を取得していなかったため、室内配線工事しか施工できず、東京電力に図面を提出して工事の申請をしなければならないような規模の大きな工事を受注してもこれを施工できなかった、(2) そのため、原告は、右のような工事の施工を受注した場合にはこれを全部知人の経営する清水電工に外注せざるをえず、その場合には殆ど利益が出なかった、(3) 原告が東京都に電気工事業者として登録され東京電力へ図面を提出して工事の申請をしなければならないような工事を行うようになったのは、平成二年一二月以後のことである、(4) 原告の電気配線工事業は、右登録の前後で全く収益状況が異なり、原告が係争各年当時行っていた電気配線工事というものは、販売したエアコンを取り付けるという程度の小規模で代金額の僅少なものだけであったと供述する部分がある。
しかしながら、以下に説示するとおり、原告の電気配線工事業の収支に関する原告の主張には不明確な点が多く、これに沿う原告の右供述にも必ずしも信用できない点が多いといわざるを得ない。それにとどまらず、電気配線工事業に関しての原告の帳簿や青色申告書の記載も真実の取引経過を反映してされたものとは認め難いのである。したがって、右の原告の主張やこれに沿う原告の右供述は採用できないのであって、原告の右事業は、その業務形態や収益状況につき、比準同業者のそれと比較して特段の差異があるとは認められないのである。
(1) 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二六号証及び弁論の全趣旨によれば、谷建設株式会社(被告において原告の売上に関する反面調査の結果を書証として提出していない業者である)は昭和五八年ころから原告と取引を始め、六〇年ころ以降、原告を主たる請負業者として使用し、原告に住宅の配線工事を行わせていたものであり、平成二年分以後の原告に対する発注の金額は次のとおりである。
平成二年分 一二九五万九〇六五円
平成三年分 一一四七万二七一五円
平成四年分 一九二六万五七六七円
原告が電気工事業者として東京都に登録したのは前記のとおり平成二年一二月であるから、右の平成二年分の工事の売上は、その大部分が原告の右登録の以前に発注したことになる。現に、乙第二六号証において谷建設株式会社代表取締役谷昭一郎は、係争各年と平成二年以後とで原告に外注している電気配線工事の内容は全く変っていないと述べている。したがって、登録がないと電気配線工事の受注や施工ができないとの原告の供述は、電気配線工事業の実態に基づくものとは考えられないというべきである。
また、右会社が、従前の取引実績もなしに、平成二年に至って突然に右のような金額の請負をさせるとは考えられないところであって、右谷昭一郎の供述は採用するに足りるものであり、係争各年当時には電気配線工事業を実際には行っていなかったかのような原告の供述には信を措き難い。
(2) 六〇ないし六二年の集計帳に修理や工事に関する売上として計上されている金額は別表12のとおりであり、係争各年ごとのその合計額は次のとおりであって、いずれもかなり多額の売上となっている。
昭和六〇年分 六六七万一八五〇円
昭和六一年分 三九六万四五二〇円
昭和六二年分 二二七万六二〇〇円
ところが、係争各年の青色申告決算報告書(乙第三一号証の一ないし三)に記載されている外注工賃の額は次のとおりである。
昭和六〇年分 一万〇四〇〇円
昭和六一年分 一九〇万一六〇〇円
昭和六二年分 四八万一一六〇円
したがって、原告が工事の大部分を清水電工に外注したとの主張は、原告が作成した右集計帳及び青色申告決算報告書の記載にさえ合致していないものである。
(3) 成立に争いのない乙第一〇号証によれば、清水電工の原告に対する係争各年の売上金額(原告の外注工賃の金額)は次のとおりである。
昭和六〇年分 五七万四九八四円
昭和六一年分 一二三万五五六六円
昭和六二年分 四八万六〇〇〇円
したがって、昭和六〇年分については、青色申告決算報告書の外注工賃の金額がどのような経過で算出されたものか不明であるし、昭和六一年については、青色申告決算報告書の外注工賃の金額に、清水電工以外の業者に対する多額の外注工賃の支払があることになる。
(4) 右乙第一〇号証及弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる乙第一一ないし第二五号証(枝番含む)の中に含まれる、工事に関する売上ではないかと考えられる記載と、六〇年ないし六二年の集計帳に各月ごとに計上された修理及び工事の売上(別表12)の記載とを比較すると、両者の不一致には著しいものがある。そして、右集計帳に記載された昭和六〇年七月分の売上額一一九万九一〇〇円、同年一二月分の売上額二二〇万八四六〇円、昭和六二年三月分の売上額一三三万四七〇〇円などは、一か月の工事に関する売上としては多額であるのに、反面調査において被告が把握しておらず、被告の把握漏れが相当多数あると考えられる。また、逆に、被告が把握した工事に関する売上で集計帳に記載されていないと考えられるものも多数存在することも明らかである。
(5) 本件においては、工事の受注先、受注時期、受注工事の場所及び内容、受注金額、工事ごとの使用部品材料、工事ごとの手間賃・外注費など、工事ごとの明細を明らかにする作業日誌その他の資料の提出がないから、集計帳、青色申告決算報告書、被告の反面調査の結果三者間の著しい不一致の理由が明らかではなく、結局のところ、原告の総売上のかなりの割合を占めるとみられる工事に関する売上については、原告の売上金額の総額、外注か否かの別、外注工賃の支払額という所得算出の要素が不明であるといわざるを得ないところである。
3 特別経費について
(一) 前傾の乙第三一号証の一ないし三によれば、原告は昭和五九年五月に五六万七五六〇円の費用をかけて店舗の内装工事を行ったことが認められるところ、右は減価償却の対象となる資産となるから、その残存割合を一割とし、耐用年数を二四年として定額法により減価償却費を算出すれば、係争各年につき各二万一四五三円となる。
(二) 前傾の乙第一〇号証によれば、原告は、受注した電気配線工事を清水電工に請け負わせ、外注費として、昭和六〇年中に五七万四九八四円、昭和六一年中に一二三万五五六六円、昭和六二年中に四八万六〇〇〇円を支払ったことが認められる。
(三) 原告が、事業に関し、利子割引料として、昭和六〇年中に八万七三七八円、昭和六一年中に五万三七九一円、昭和六二年中に一三万五二四六円支払ったことは当事者間に争いがない。
(四) 右の経費は、一般経費として推計された経費には含まれない事業に関して生じたいわゆる特別経費に属するものと認められる。
4 事業専従者控除について
前傾の乙第三一号証の一ないし三及び原告本人尋問の結果によれば、原告の弟佐藤洋一は昭和六〇年及び六一年につき原告の事業専従者であり、原告の妻美江及び原告の母たまのは係争各年につき原告の事業専従者であったことが認められるところ、所得税法五七条三項により、事業専従者に関し係争各年の原告の事業所得の算出に当たり必要経費とみなされる額は別表9の係争各年の合計欄に記載のとおりである。
5 まとめ
右の売上金額から、売上原価、一般経費及び特別経費の額並びに事業専従者控除額を差し引いて算出される原告の係争各年の事業所得金額は、別表1の<8>欄に記載のとおりである。本件各更正によって認定された係争各年の事業所得金額は右金額を下回るものであるから、本件各更正には原告の事業所得を過大に認定した違法はない。
第三本件各決定の適法性について
本件各更正によって新たに納付すべきものとされた係争各年の所得税額に対し、国税通則法一一八条三項による端数計算を行い国税通則法六五条一項(昭和六〇年及び六一年分については、昭和六二年法律第九六号による改正前の同条項であり、昭和六二年分については右の改正後の同条項である)所定の方法によって算出される係争各年の過少申告加算税の額は別表1の<2>の「過少申告加算税額」の欄に記載のとおりとなる。したがって、本件各決定は適法である。
第四再抗弁(原告の事業所得の実額主張)について
納税者の各年の所得金額は、その年の総収入金額から総必要経費を控除するという所得税法所定の方法によって把握されるものであるから、原告が被告のした推計による所得認定が過大であるとして所得実額を訴訟において立証しようとする場合には、右総収入金額相当の収入があり、一方右総必要経費額相当の支出のあることを立証しなければならないことになる。すなわち、推計によって所得金額を算出した被告課税庁が主張する課税根拠事実は、それ自体所得実額ではなく、これに近似する金額を推計するものとして合理性のある手法及びその基礎となった資料という事実に過ぎず、右の所得税法所定の所得実額の算定根拠事実とは異なるから、原告がすべき所得実額の立証とは、右の推計による課税について、その根拠事実の存否を真偽不明なものとする反証に属するものではなく、所得実額の算定のための根拠事実に関する主張(総収入金額及び総必要経費)を本証として証明することのできるものでなければならない。しかし、本件においては、既に説示したところから明らかなとおり、係争各年の原告の事業所得における総収入金額のかなりの部分を占めると考えられる電気配線工事に関する売上について、その全貌が明らかになるような主張が尽くされたとはいえない。原告が実額であるとしてした主張については、谷建設株式会社のように係争各年について原告の売上があったことが判明しているが、その売上額が不明であるものについて原告の主張のないものがあるうえに、原告の集計帳に計上された金額さえその裏付けが十分ではないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の事業所得の実額に関する主張は、立証がされていないものとして排斥せざるを得ない。
第五結論
以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴七条及び民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 橋詰均 裁判官 武田美和子)
(別表1)
<省略>
(別表2) 被告主張の原告の仕入金額(反面調査の結果)
(一) 家庭用電気器具小売業に係る仕入金額
<省略>
(二) 電気配線工事業に係る仕入金額
<省略>
(別表3) 昭和60年分の比準同業者の売上原価率・一般経費率
(家庭用電気器具小売業)
<省略>
(別表4) 昭和61年分の比準同業者の売上原価率・一般経費率
(家庭用電気器具小売業)
<省略>
(別表5) 昭和62年分の比準同業者の売上原価率・一般経費率
(家庭用電気器具小売業)
<省略>
(別表6) 昭和60年分の比準同業者の売上原価率・一般経費率
(電気配線工事業)
<省略>
(別表7) 昭和61年分の比準同業者の売上原価率・一般経費率
(電気配線工事業)
<省略>
(別表8) 昭和62年分の比準同業者の売上原価率・一般経費率
(電気配線工事業)
<省略>
(別表9)
事業専従者控除額内訳
<省略>
(別表10) イシカワ電工株式会社からの仕入金額中の商品分、材料分の区分
<省略>
<省略>
(別表11) 原告主張の事業所得の収支の実額
<省略>
(別表12) 集計帳に計上の修理・工事の売上金額
<省略>